NHK朝ドラ「ばけばけ」トミー・バストウさんが演じるヘブンのモデルは、小泉八雲さんですが熊本に移住したのはなぜか理由とは?
今回は小泉八雲さんとセツさんご夫妻は熊本になぜ行ったのか理由について史実と「ばけばけ」ではどうなるのかネタバレをご紹介します。
小泉八雲 熊本になぜ行ったか理由とは?移住した史実とは!
📍小泉八雲熊本旧居
現在放送中のNHK連続テレビ小説「ばけばけ」で注目されている小泉八雲と、妻・セツが暮らした住まい🏡
毎朝観てる私にとってはうきうきする聖地です☺️🫶
本日も移住のご相談お待ちしています🌱
10:15-17:00 https://t.co/vXA7McvwSo pic.twitter.com/cl0CI4gx6R— 熊本はどう?(熊本市公式移住情報サイト) (@kumamotowado) December 23, 2025
セツとの結婚まで
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)さんは1850年にギリシャで生まれました。
2歳のころに父親の実家、アイルランドで育ちましたが、4歳のときに母親がギリシャに帰国してしまいます。
のちに両親は離婚し、大叔母に預けられた小泉八雲さんはフランスの神学校に進学。
大学生のときに大叔母が破産し大学を退学し、単身ロンドンに向かいますが、貧しい生活を強いられアメリカへ渡りました。
優秀な記者として活躍し、1874年に結婚しますが、当時違法だった黒人との結婚で、小泉八雲さんは会社も辞めることになりのちに離婚。
いくつかの職を転々としながら、とある縁で知り合った文部省普通学務局長だった服部一三さんから、島根県尋常中学校の英語教師として招かれました。
1890年に来日し、女中としてやって来たのがセツさんです。
ふたりはすぐに惹かれあい、正式ではありませんでしたが結婚することになりました。
なぜ熊本に行ったのか理由とは?寒さと俸給だった?
小泉八雲さんが松江で暮らしたのは、たったの1年3か月でした。
ではなぜ熊本に移住したのか?
小泉八雲熊本旧居・館長 坂本弘敏さんがこう答えています。
松江での冬の寒さが耐えられなかったことと、熊本が気候が温暖であること。
松江の俸給が100円だったのが、熊本では倍の200円になると聞いたため。
この2つの理由があったそうです。
熊本市の第五高等中学校(熊本大学の前身校)入りを紹介したのは、当時親交があり東京帝国大学文学部名誉教師だったチェンバレンさん。
1891年11月、小泉八雲さんとセツさんは女中と車夫を連れ、熊本入りしました。
6日間、不知火館に泊まり、その後手取本町34番地に借家を借ります。
追ってセツさんの養父と養母、養祖父も移住することになり、賑やかな家族での暮らしとなります。
ですが当時戦争後の復興を果たした後の熊本を「宗教的に見ておもしろくない土地」と、友人への手紙に綴った小泉八雲さん。
熊本は松江に比べてはるかに都会的で、小泉八雲さんが思い描いていたものとは、随分と違っていたようです。
「熊本に失望した」と言っていた小泉八雲さんでしたが、都会的な生活には満足していたといいます。
熊本では九州や四国などから集まったエリートたちとやり取りし、小泉八雲さんも彼らから刺激を受け、いくつかの名作を残しました。
ということで、小泉八雲さんが熊本に移住したのは、寒さから逃れるためと金銭的な理由からです。
セツさんの家族の面倒を見るためにも、お金も必要だったのでしょうね。
「ばけばけ」でも寒がりなヘブンですが、史実でも小泉八雲さんは寒がりだったようです。
熊本では3年間暮らすことになります。
ちなみに小泉八雲さんの後任となった英語教師は、夏目漱石さんでした。
ばけばけヘブンとトキの熊本に行った理由のネタバレ!
NHK連続テレビ小説「ばけばけ」熊本行きのネタバレです。知りたくない方はご注意ください。
ヘブンの願い
トキ(髙石あかり)が石を投げられ、額についた傷も治ったころ、久しぶりに散歩に出かけたヘブン(トミー・バストウ)。
帰宅後、ヘブンは自分を松江に紹介してくれた、帝国大学のチェンバース教授に手紙をしたためました。
お願いがあります。実は・・・
この手紙で、ヘブンは熊本の学校に就任することになりそうです。
数日後、ヘブンの原稿が出版され、アメリカでの売り上げが好調だといいます。
さらに数日後、ヘブンはトキに松江を離れると言い出しました。
サムイ、マツエ、フユ、ジゴク
松江を離れたくないトキは理解できず、ヘブンから逃げ回るように。
夫婦喧嘩だと察した司之介(岡部たかし)とフミ(池脇千鶴)は、ふたりを微笑ましく見ていました。
家族みんなで熊本へ
ヘブンとトキはタエ(北川景子)、勘右衛門(小日向文世)の元を訪れ、松江を離れ熊本に行くと説明します。
騒動が収まっても、まだトキはショールを身にまとったままでした。
ヘブンは松野家も雨清水家も、勘右衛門夫妻も連れていくつもりです。
トキは反対しますが・・・。
ヘブンは錦織(吉沢亮)にも熊本行きを相談。錦織はヘブンを思いとどまらせるため、あの手この手でアプローチを続けます。
サワ(円井わん)からこう言われ、気持ちが揺らぐトキ。
誰一人知っちょる人がおらんとこ行けるの、羨ましいなぁと思って。一からやり直せそうで憧れるわ~
トキは揺れた気持ちでタエのもとを訪れます。
慣れない手で料理をしていたタエ。荷下ろしの仕事をしていて、ほこりまみれの三之丞(板垣李光人)も帰宅。
決しておいしいとはいえないタエの料理を「すっごくおいしい」と食べる三之丞。
帰り際、三之丞は数円入った封筒をトキに渡します。
もっと働いて、もらった分すべて返しに行くから
タエもトキに優しく声をかけます。
自分のために、正直に生きて
熊本に行く本当の理由
帰宅すると勘右衛門が来ていました。
勘右衛門夫婦は、自分たちも行くとまたトキがラシャメンだと疑われるので、松江に残ると言います。
勘右衛門が熊本に行く本当の理由を話すようヘブンに促すと、トキのショールを指さし、こう尋ねました。
ソレナシ、マツエアルク、デキマスカ?
ヘブンはトキを守るため、トキのことを誰も知らない熊本へ行こうと決めたのです。
そのころ江藤知事(佐野史郎)は庄田(濱正悟)を呼び出していました。
校長になるには帝大を出ている必要がある。君に任せたい
ヘブンがいなくなれば、経歴を偽装してまで錦織を校長にする必要がないのです。
錦織の秘密
庄田が生徒たちに、ヘブンが熊本へ行くと告げます。
動揺する生徒たちに、ヘブンはこう語りかけました。
アナタタチ、ダレノモノデモナイ、ジブンノジンセイヲ、アユンデホシイ
さらに庄田は自分が校長になると告げると、騒然となる教室。
後ろにいた錦織が教壇で事実を話しました。
理由は簡単だ。私は帝大を出ていない。それどころか英語の教員資格免許すら持っていない。
ヘブンすら知らなかったこの事実に、教室は静まり返り、錦織は教室を後にしました。
熊本へ
1891年11月。船着き場には庄田や生徒たちが集まっています。
錦織の弟、丈(杉田雷麟)と正木( 日高由起刀)はヘブンに教わるため、熊本の学校に行くことに。
そのころ錦織は自宅でヘブンの著書「日本滞在記」を読んでいました。
熊本へはトキを守るため、司之介とフミも一緒に行くことに。
4人は熊本へと旅立って行きました。
熊本行きの理由・史実とドラマの違いとは?
小泉八雲さんが熊本に行こうと決めたのは、2つの理由がありました。
同じ理由
ひとつは寒さから逃れるため。
冬の松江はとても寒いので、比較的温暖な気候の熊本にしました。
これはドラマと同じです。
違う理由
史実では俸給が倍になる、という理由がありますが、公式ガイドブックでは、金銭面については特に語られていませんでした。
小泉八雲さんはセツさんの実母にも、金銭的援助をしていたようで、お金も必要だったのかもしれません。
ドラマの大きな理由は、ショールを巻かないでトキが出かけられるように、というヘブンの思いからです。
セツさんもラシャメンと言われるのが辛かった、と語っておられましたが、ドラマで描かれたほどひどい扱いはされなかったようです。
小泉八雲とセツも新聞がラシャメン(洋妾)扱いの原因になった史実とは?
夫婦愛をより濃く演出するための、オリジナルだったのではないかと思われます。
一緒に熊本に行った人物
史実では養父と養母、養祖父のほか、女中と車夫を連れて行ったようです。
養父、養母、養祖父は少し遅れて熊本入りしたようですが。
朝ドラ「ばけばけ」では養父と養母の2人だけ、一緒に熊本に行くことになり、女中は熊本で雇います。
ここも違うところでした。
まとめ
NHK朝ドラ「ばけばけ」ヘブンとトキ、そして司之介とフミは熊本に移住することになります。
史実でも小泉八雲さんとセツさんは松江から熊本に移住しています。
小泉八雲さんは寒さと俸給の高さが理由でしたが、ドラマでは寒さとトキのため、という理由でした。


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